ワークショップで「できないこと」に出会ったとき──支援と表現のあいだで考えたこと

須長 檀

ワークショップ※1は、いつも大成功というわけではありません。むしろ、いつも失敗の連続です。それでも僕らは、その「失敗」こそがワークショップの本質に近いものだと、回を重ねるごとに思うようになってきました。ここでいう失敗とは、美しい創作物ができなかったということではなくて、参加者が夢中になってくれていたかどうかということです。

複数開催は、失敗を前提にした設計

1回のワークショップでは、複数のプログラムを同時に開催することが多いです。 これは、失敗を最初から想定した設計とも言えます。4つの異なるワークショップを用意しておけば、仮に1つがうまくいかなくても、その日は残りの3つを参加者に楽しんでもらえます。だから、鉄板ネタ※2のワークショップを必ず1つ入れておくようにしています。 「保険をかけている」と言えば聞こえは悪いかもしれません。でも当然のことながら今日はやる気満々で絵を描くぞ!という日もありますし。今日は、ちょっとめんどくさいなーという日だってあります。やっぱり、創作するには、これは面白そうだぞ!一体何が起こるんだろうというワクワク感が必要です。実際には、余裕があるからこそ新しいことへ挑戦できる。安全網があるから落ちることを恐れずに綱を渡れる——プログラムを複数持つことは、そんな感覚に近いと思っています。

「うまくいく」ばかりを選ぶリスク

だけど、うまくいくと予想されるワークショップばかりを選んでいると、いつの間にか僕たちが「予想している結果」へと参加者を誘導してしまっていることになりかねません。

安全な選択が続くほど、プログラムは洗練されていく一方で、どこか型にはまっていく。参加者の反応が「読める」ようになると、支援者の満足感は高まるかもしれませんが、それは本当に参加者の能力を引き出す場になっているのか、創作を楽しみ美しさを生み出すことができる場を作れているのか?——という問いが、頭の片隅に残り続けます。

「できないこと」に出会う場をつくる

失敗を恐れずに、「できないこと」を恐れずに——誰かが「できる」ことに出会うために挑戦することが大切だと思います。

「できないこと」は、終わりではありません。それはむしろ、その人がまだ出会っていない何かへの入口かもしれない。ワークショップという場は、その「入口」をできるだけ多く、さまざまなかたちで用意することが役割のひとつだと僕らは考えています。

できないからこそ、ワクワクするのかもしれないですし、何ができるかわからない未知にこそ美しさを感じる可能性があるはずです。

そして、うまくいかないことが起きたとき、支援者はどう動くか。その判断と関わり方のなかに、支援と表現のあいだにある繊細な領域が見えてくる気がします。全てを説明できて、互いに理解合う必要なんてないのではないでしょうか?それよりも互いを理解しようという積極的な想いを大切にしたいと考えています。

失敗から学び続けること

ワークショップを重ねるほど、「完成された場」よりも「感じ続ける場」でありたいと思うようになります。

失敗した回のほうが、終わったあとに話すことが多い。参加者との会話が深くなる。次に向けてのアイデアが湧いてくる。むしろ失敗の中にそういう経験を繰り返してきたからこそ、失敗を設計のなかに組み込むことをを恐れずにもっと心がけていきたいと思います。


「できないこと」に出会う場をつくること——それは、支援する側も含めて、全員が何かを発見し続けられる場をつくることだと、今は感じています。


※1 ワークショップ:参加者が主体的に体験・制作・対話を行う参加型のプログラム形式。講義型と異なり、プロセスそのものを重視する。
※2 鉄板ネタ:確実に場を盛り上げられる、実績と信頼のあるプログラムのこと。