創作前の何気ない会話が好きな理由。
創作の手前で、いつも起きること
ワークショップの日、福祉施設にあるアトリエに入ると、あるクリエイターが真っ先に「名刺ある?」と聞いてきます。もう何度もお渡ししているはずなのに、会うたびにこのやりとりからはじまります。筆を持つ前、絵の具を用意する前、まだ何も生まれていないこの数分間に、いつも小さな挨拶のようなやりとりが交わされます。私はこの時間がとても好きです。
いつも思い出す、あの言葉
不思議と、記憶に残る言葉やしぐさがいくつもあります。どんなテーマで創作をしていても、気づけば自分の名前を大きく書くことにたどり着くクリエイターもいます。与えられたテーマがどんなものであっても、最後には自分自身の名前がそこにある。それは、その方にとってのゆるがない出発点であり、帰り道でもあるのかもしれません。
あるタレントが大好きで、「会いたい」といつも話してくれるクリエイターもいます。創作の合間、ふとその話題になると、表情がぱっと明るくなります。その笑顔に、私たちはいつも楽しい気持ちをいただきます。
自分の通う施設でいつも作っている木彫りの作品について、嬉しそうに聞かせてくれるクリエイターもいます。konstのワークショップとはまた別の、その方自身の創作の時間があり、そこでの出来事を教えてもらえることを、私はいつも興味深く聞いています。
「今日は何するの?」と言いながら、誰よりも先に椅子出しを手伝ってくれるクリエイターもいます。準備の段階から、すでにその方の創作ははじまっているのかもしれません。
言葉だけを取り出せば、何気ないやりとりです。けれど、こうしたひとことやしぐさの一つひとつに、その人らしさがそのまま表れています。同じ問いかけでも、同じ場面でも、そこにあるのはいつもその人だけの間合いであり、その人だけの表現です。
完成した作品と、同じくらい好きな時間
やがて生まれる作品は、いつも本当に素晴らしいものです。その完成を見る瞬間の喜びは、何度経験しても色褪せません。
ただ、私にとってそれと同じくらい幸せなのは、その手前にある、こうした何気ない時間です。まだ何が生まれるかわからない、ただ隣に座って、同じ紙を見ている時間。「名刺ある?」のひとことも、椅子出しを手伝ってくれる姿も、成果とは関係のない、ただ一緒にいることの心地よさを教えてくれます。
創作の準備をしながら交わすこうした会話は、完成した作品の陰に隠れて、記録には残りにくいものです。けれど、その時間があってはじめて、その先の創作が生まれてくるのだとも思います。
対等な、ただの会話
その時間の中で交わす言葉は、教えたり教えられたりするための会話ではありません。今日の天気の話をするのと同じように、ただ隣にいる人として、言葉を交わしているだけです。
そのことが、私にはとても大切に思えます。私たちは、福祉施設に通うクリエイターのみなさんと創作をご一緒するとき、支援する側とされる側という関係ではなく、ただ隣に立ち、同じ時間を過ごす関係だと思っています。大好きなタレントの話も、木彫りの話も、その関係が、頭で考えた理念ではなく、実際にそこにあることを、いつも静かに教えてくれます。
この空気を、創作の現場に広げていきたい
こうした何気ない会話は、創作にとって付け足しのようなものではないと、私は思っています。むしろ、創作そのものと同じくらい大切な、現場の空気をつくっている時間です。
私たちだけでなく、ワークショップをともに企画してくださる方々や、その場に居合わせるすべての方に、この時間をぜひ一緒に味わっていただきたいと思っています。完成した作品を見ることも大切ですが、その手前にある雑談や、椅子を並べる音、ふとした笑顔にも、同じだけ目を向けていただけたら嬉しいです。
ひとつの現場でこの空気が生まれれば、それはきっと、その場にいた人たちを通じて、また別の現場にも運ばれていきます。創作の輪が広がるというのは、作品や技術が伝わることだけでなく、こうした何気ない時間の心地よさそのものが、ひとつ、またひとつと、いろいろな現場に広がっていくことでもあるのではないかと、私は感じています。
この時間があるから、また会いたくなる
作品が生まれることは、もちろん嬉しいことです。けれど私が次のワークショップを楽しみにする一番の理由は、また同じ人に会って、「名刺ある?」と聞かれ、「今日は何するの?」と椅子を並べてもらいながら、他愛のない話をして手を動かせること。それに尽きるのかもしれません。
もし、誰かと何かをともにつくる機会がある方がいらっしゃったら、完成した瞬間だけでなく、その手前にある何気ない言葉ややりとりにも、意識を向けてみてください。そして、もしその時間を心地よいと感じたなら、次に誰かと創作をご一緒するときにも、ぜひ同じ空気を大切にしてみてください。案外そこに、いちばん幸せな時間と、次の創作の輪へとつながる何かが、隠れているかもしれません。
今日もまた、クリエイターの皆さんと軽井沢でワークショップです。