手の経緯を追いかける
8月28日、軽井沢町社会福祉協議会でワークショップを開催しました。この日、私たちが用意していた創作のひとつは、あらかじめ用意した色紙や段ボールなど様々な紙片を、緩めに溶いた糊に浸してキャンバスに貼り付けていき、最終的にはキャンバスいっぱいに紙が重なり合った貼り絵のコラージュに仕上げる、というものです。参加してくださった男性のクリエイターは、テーブルに並んだ紙片をひとつずつ手に取っては、キャンバスに重ねていきます。その手つきには、遊んでいるような軽やかさがありました。
できあがった作品を見ると、キャンバスに貼りついているのは段ボールのごく一部だけで、その上に段ボールの欠片が幾重にも重なり合い、平らにならないまま5センチほどの厚みを持つ層になっていました。けれど彼の表情には満ち足りた様子があり、それは何かをやり遂げた達成感というより、段ボールをひとつ置くたびに感じていた喜びの余韻のようでした。私たちが仕上がるだろうと予測していたかたちと、彼が感じていた喜びとのあいだにあったのは、私たちの知らない寄り道の先で、思いがけずきれいな湖に連れて行ってもらったような感覚でした。
創作ワークショップでは、しばしば完成した作品の美しさに注目が集まります。けれど本当に大切なのは、その作品ができあがるまでの手の動き、つまり「手の経緯」であり、そこにどんな喜びがあったのかを丁寧に追いかけることではないでしょうか。
仕上がりではなく、手の経緯を見る
一般的には、ワークショップのために計画された手法どおりに、滞りなく作品を仕上げることに力が注がれがちです。段ボールをキャンバスにしっかりなじませ、平らに貼り、全体をきれいにまとめる——それが美しさの条件だと、私たちはつい考えてしまいます。
けれど、konstのワークショップに参加していただいて持ち帰ってほしいのは、計画どおりに手法をやり遂げることでも、思い描いていた仕上がりに近づけることでもありません。クリエイターが喜び、楽しんでいるうちに手法が変わり、私たちの計画とは違う方向に進み、思い描いていたものとは違う仕上がりになったとしても——その人の喜びや楽しさに共感し、その喜びがどこから生まれているのかを見つめ、一緒に喜ぶこと。そして、できあがった作品には喜びが含まれているからこそ、ナチュラルに美しいと感じてしまうこと。そうした見方があることを知っていただくのが、私たちがワークショップを通じて一番伝えたいことです。
彼は途中から、段ボールをキャンバスになじませることをやめ、まるで落ち葉がそのまま積み重なっていくように、貼るというよりは立体的に重ねて置くようになりました。風に舞う葉が地面に積もっていくように、段ボールの破片がキャンバスの上で重なっていきます。その行為そのものに、彼にとっての美しさがありました。
支援員もそれを自然なこととして受け止め、決められた手順どおりに進めることよりも、彼が感じている喜びを大切にしてサポートしていました。支援員や私たちがすべきなのは、まさにこうした手の動きを見逃さないことだと思います。どこに視線が向いているか、どの瞬間に手が止まるか、どんなリズムで段ボールを置いているか。そうした細かな部分に、その人だけの喜びが表れています。それを記録し、理解しようとすることが、創作の現場での私たちの役割だと感じます。
美しさとは、完成した形だけに宿るものではありません。手が動くたびに生まれる小さな発見や、素材に触れる感覚のなかにこそあります。
創作の経緯を、その人の喜びとして受けとる
もし企業の方々が、このワークショップにおける「成果」を定める必要があるとすれば、それは、計画した手法を完遂し、思い描いていたとおりのアウトプットを生み出すことではないと思います。むしろ、ワークショップを企画し、そこに参加したことによって立ち現れた、クリエイターたちの喜びがどのようなものだったのかを、ともに喜び分かち合うこと。それこそが、他者の魅力に共感する力を身につけることだと思うのです。
作られていく過程を、その人の喜びとして受けとること。それは、ドリップコーヒーを淹れることが、おいしく飲めるという結果だけを求めているのではなく、豆を挽き、お湯を注ぐ時間そのものを味わっていることに似ています。そうした経験は、DE&I(Diversity, Equity & Inclusion/多様性・公平性・包括性)研修としての意味を持ち、会社内で関わり合う他社の喜びを把握する力や、プロジェクトそのものの評価軸を捉え直す機会を得る手がかりになるのではないでしょうか。多様性を頭で理解するのではなく、手の動きや素材の選び方を通して、体で感じとる機会になります。
誰かの創作に立ち会うことは、その人の世界の見え方に少しだけ近づくことでもあります。
美しさを、自分たちで理解しなおす
私たちが「美しさ」と呼んでいるものは、多くの場合、すでにある基準に頼っています。整っていること、調和していること、技術的に優れていること。けれど創作の現場では、そうした基準だけでは捉えきれない美しさに出会うことがあります。それは、行為そのものの喜びや、素材とのやりとりのなかに生まれる、もっと個人的で、もっと感覚的なものです。
だからこそ、私たちは美しさを自分たちで理解しなおす必要があります。誰かの手の動きを見て、その人にとっての美しさがどこにあるのかを探る。そして、それを記録しておく。言葉にできなくても、写真や映像、ちょっとしたメモでもかまいません。そうした記録が積み重なることで、美しさの捉え方は少しずつ広がっていきます。
創作ワークショップは、完成した作品に感動する場であると同時に、誰かの喜びのあり方を知る場でもあります。そこで私たちが学ぶのは、技術や知識ではなく、感覚の多様性そのものなのかもしれません。
手の経緯を追いかけること。それは、誰かの創作に敬意を払う、もっとも静かで、もっとも誠実な方法だと思います。